桜の花は
その下で泣くことを許してくれる花
彼が消え去った理由のなさを
ただ泣くことでしか
やりきれなかったのは
夜桜の下だった
病気になって
それがどんどん進行していく理由のなさを
ただ泣くことでしか
あきらめられないのは
朝の暖かい桜の下だった
泣くまでに
3日もかかった
後から後から溢れてきた
感情は長く続かないと知っているから
そのままにした
The point is not what you deal with but how you deal with.
言うのは簡単だけれど
でも揺るがない真実で
そのこつはもうどこにいっても
いくつになっても
こつこつこつこつ
なのだ
昨日はいっぱいこつこつ
今日はちょっとだけこつこつ
明日はまあまあこつこつ
量は関係なくて
とにかく
こつこつこつこつこつこつこつこつ
なのだ
体が思うように動かないのは誰でもつらい
そもそも 思うように というのが
くせものではあるんだけど
頭が勝手にいろいろどんどんやって
体はついていくのに必死
それで伝えてくる
限界です と
体が痛くなるのは老化じゃない
無視が原因だ
心が痛くなるのはしょうがないことじゃない
嘘が原因だ
体と心のずれを辛いと思うのはみんな一緒
そんなとき人は泣きたくなる
イライラする
考えるのをやめたくなる
そんなときでも
平常心で起きていることを眺められれば
今日いちばん美しかった瞬間を見つけられる
不安や自分がつくりあげた架空の話に
足元をぐらぐら揺らされることはなくなる
失ったと思うと
身がちぎれるように痛い
変化だと思うと
少し受け入れやすくなる
だって
ずっと同じであるものはないし
その先にはあるべき姿やいるべき場所が待っているのだから
それでも
その変化が身体になじむまでの過程は
きつい
わくわくするように見える変化も
実は足が地面から離れてたり
気合いが入りすぎてたりして
実は体の中が不安でいっぱいだったりする
走って戻って拾い上げて
元通りに戻したいような変化でも
実は体の中から言い尽くした不満や使い古した嫌悪が
流れ出て行って
どんどん軽くなっていったりする
自分がどの過程にいるのかだけ見ていれば
あとはなるようになる
頭が何を考えているか は
どうでもよくて
身体がどう感じているか が重要だと
頭の中には
ああでもないこうでもないと嵐が吹き荒れてるけど
身体の奥の奥の芯の部分は
解放されてほっとしてるように思う
それも頭がそう思わせてるのか
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