Everything happens for no reasons.

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20110727



何もかも捨てて自分探しの旅に出よう、とか
あったかい楽園でのんびりしたい、とか
そういうことじゃなくて

今思えば
「4月1日付、ハワイ島異動を命ずる」という辞令が下った、
というのが一番しっくりくる。
日本を出ることになったいきさつを表現するなら。


うるさいくらいにハワイ島から呼ばれてる、ああ、行かなくちゃ、
そう思いながら持物や身辺の整理をしていた。

とにかく今年は冬から遠く離れてすごそう、という発想は
突然の辞令を受けた後に、それを無理なく受け入れる切り札になった。


ハワイでの生活は
チャレンジや克服や解放という決して楽でないことも含めて
何もかもが体にしっくり入ってきた。
食べ物や友人を恋しく思うことがあっても
体がハワイから離れたがることはなかった。


ハワイとの密な交際が猛スピードで進展して行く裏で
同時に進行していた冬とのかくれんぼは
ハワイを堪能した後
真夏のクリスマスをオーストラリアで迎えて
蒸し暑い旧正月をバリで過ごして終わりにした。


正直、予想以上に体力のいることだったし
思ったより長丁場だった。



ただ生きる、その場所に
もう一度ハワイを選んで戻ってきて
半年近くが過ぎた。

毎日、同じように見えて全く違うことが繰り返されて
澱がたまっても、涙が流れても、炎のように怒り狂っても、
朝がきて太陽が昇れば
何もかもが水に溶けてなくなって
美しい瞬間が次々に訪れる。
昨日より今よりさらにもっとゴージャスな景色と瞬間が迫ってくる。

それを、体がやっと自然に理解し始めた。
やっと呼吸が整い始めた。


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by dandelionism | 2011-07-28 12:21 | I THINK

絵の具

Maunakeaの後ろに夕陽が沈んでいくのを
バイクを道ばたに停めて眺める

雲ひとつなく
くっきりと山の輪郭が見える

太陽はもうすっかり山の向こう側に
太陽から遠い場所は
空は薄いピンクと水色の縞模様に
太陽の近くは
ピーチオレンジに染まっている

ぼんやりとオレンジに染まった空に
くっきりとココナッツの木が黒く浮かび上がる


甘くて完璧でこの世の何よりも美しい
その光景をただ眺める
どれくらいの早さで時間が過ぎていってるのか分らなくなる
さして長い時間そこにいるわけじゃないと分っていても
もうすごく長い間ずっとこうしていたんじゃないかと感じる

思考が少し宙を舞い始める
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そうすると
ふと気づく


空の色がある瞬間にがらっとかわったことに

温かさはもうどこにもない
太陽が去った後の空は
黄色と紺色で
くっきりと夜が始まっている
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by dandelionism | 2011-07-23 17:33 | bigisland

血がどくどくと


たまに
祭りのように
たくさん魚介を食べると

体の底からじわじわと
たたき起こされるように
むわーっと力がみなぎってきて
体がぽかぽかして

なにか生産的なこととか
気合いがいることとかしないと
いけないぞって気になる

物理的に「生きてる」っていうのは
こういうことなんだなと
しみじみ思う
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by dandelionism | 2011-07-20 18:37 | food

in pain


ちいさな痛みは
いつでも大切だ


自分の限界を知るために
自分がしていることを正確にしるために
自分が信じている以外にも
道があるということを知るために

まだ生きているということを
感じるために


どれだけの期間で
その痛みが去って行くかを知るために
その痛みを抱えている間の感覚と
それが去ってしまった後の感覚の違いを知るために
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by dandelionism | 2011-07-19 16:38 | bigisland


雨が降り始めても
太陽が顔を出していたら
太陽が照らす方向に飛んでいく

太陽と雨の間に虹ができるから

雨の降る量や
太陽の光の量や
見る場所の角度とか
色んなことで虹の大きさや濃さが変化する


虹を見るたびに
人ははしゃいだり
言葉を忘れるほど見入ったり
笑顔が自然に溢れたりする。

虹、と
希望、は同じ意味なんじゃないだろうか。

体の奥深い芯のところで
つねに輝き続けている
自分の美しさこそ、虹なんじゃないだろうか。
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by dandelionism | 2011-07-17 17:13 | bigisland

あと何回

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自分の絶望の深さに
がっかりする

あと何回
繰り返せば
ここから解放されるかな、と
考えてみる


仮にあと100回だとしたら
一日一回暗い気持ちになっても
一年以内には終わる
とるにたらない
仮にあと1,000回だとしても
三年以内には終わるだろう
三年という月日はちょうど
あそこから、ここまでの年月と同じ
簡単ではないけど
明確な終わりがあるとしたら
耐えうる年月

もし万が一、後10,000回だとしたら?
そしたらもう数えるのが面倒くさくなって
絶望ともベストフレンドくらいになってて
それはもはや絶望じゃないかもしれない



何に絶望しているのか?
もはや他人の死の知らせを聞いて
喪失感や悲しみや後悔がよぎることは
ないような気がする
亡き人に会いたいと思うことがあったとしても
心の底から再生を願っている訳ではない
共有した思い出が美しいというだけの
とても幸せなこと

絶望しているのは
自分がまだ生きていること、に

身震いするような朝焼けや
大胆で官能と生に満ちあふれた植物や
言葉を奪い取るような海を見るたびに
これ以上の幸福はないと確信して

もはや
自分のためにこの人生はあるんじゃないと
理解する

そのときは
それを感じる体がまだあることを
この上ない喜びに感じる

でも一度
自分についた小さな嘘の代償としてやってくる
暴力のような痛みは
まだ体があることへの
後悔を思い出させる


選択肢はない
美しい物を見せてもらえることに
理由がないのと同じく
痛みを、苦しみを、感じながらも
生かされ続けることに
理由もない
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by dandelionism | 2011-07-10 17:50 | I THINK